文章の質の高さをコンピュータは判断できるのだろうか

文章を書いていると質の高さが気になってしまうのです。 いや、正確には質の低さというべきでしょうか。 現状では一定文字数以上書くことを優先しているため、文字数が不足気味なら水増しのように質の悪い文章を書き足しています。 そういう場合は書いていても質の低さを感じてしまい、読んでくれる人に申し訳なく思いつつも自分の都合を優先させてしまっています。

人が読めば文章の質が高いか低いか判断できますが、ではコンピュータは文章の質を判断できるのでしょうか。 ご存知のようにネットに公開した文章はサーチエンジンにより捕捉され検索結果に反映されるようになります。 そして検索結果の上位に反映されるためには質の高い内容が求められるといわれています。 ということはコンピュータが文章の質を判断していることになりますが、日々更新される膨大な量の情報を処理するためには処理能力が不足しているので文章の質を判断するために多くのリソースを割くことはないでしょう。 ではどのようにして文章の質を判断しているのでしょうか。

個人で書く文章を対象とするので有名な企業や有名なサービスを除いて考えます。 またウェブサイト名に一致する場合も内容以外で検索結果に影響を及ぼしているので除いて考えます。 前提条件が長くなりましたが固有名詞ではない何か適当なキーワードで検索すれば上位に表示されるページにはある傾向があるように感じます。 それは1ページ内の文章量です。 宣伝広告や他のページへのリンクは除外した本文の量が多いページのほうが検索結果の上位に反映されやすいように感じるのです。 つまり質の高さを文章量で判断している傾向があるのではないでしょうか。

300文字より500文字のほうが高く評価されるなら多少内容が薄まるにしても文章量を増やしたいです。 ちょっと関係ないような話題を出してみたり、まるでどこかのライトノベルにありそうな過剰に装飾的な文章をため息をつきながら面倒そうにキーボードを叩いて、画面に現れた文章を見ては再びため息をつくようなことをすれば文章量は増えます。 このようなことをしていては決して質の高い文章とはいえません。 質の高い文章は過不足無く適切な文章なのです。 しかしそのような文章は量と相性が良くないのです。

文章の質と量。 これらの間にあるジレンマなんて関係なく、サーチエンジンは今日も文章を捕捉していくのでした。

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